葬儀の供養は故人のものではなく身内のものでもあるそうです。葬儀で区切りをつけていくのですね。

故人への感謝を形に 葬儀と供養の作法


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葬儀の供養は身内のためにあります。

死んだら墓に入るのか、もし入るなら誰のどこの墓に入るのかっていうことが最近大きな問題になってきているようです。特に女性はその問題が大きいようで、死んでまで嫁いだ先の墓に入らないとならないのか、嫁姑問題があった家では、死後もその問題に苛むのではないかと考える人もいるようです。葬儀の供養ってそう考えると難しいって思います。故人の願いどおりにしてあげたいって思いますが、故人の本音を聞く機会もなかなかなければ、お墓もいくつも作るということになれば、費用のほうも馬鹿になりません。そもそもお墓というのもいろんな形があって、宗教や国によってもいろいろなようです。自然に返りたいって思って、最近では、遺骨を砕いて海や山にまく散骨や、植樹した樹木の下に遺骨を埋葬する樹木葬などを選ぶ人も、今では珍しくないようです。いずれか自然に返り、またそこから何かに生まれてくるという考えはなんともロマンチックでいいなって思います。

一方で、所変われば、外国では、遺体を山の頂において、鳥に食べさせるというのがあるようです。鳥に食べさせて、空に返すってことのようなんですよね。一方で、土葬は土に返すってことなので、考え方次第なんだろうと思いますが、やはり自然のものになりたいという思いがあるんでしょうね。でも、葬儀の供養って、実は故人のためでなく、生きている身内のためにあるものなんだそうです。葬儀そのものは、故人の死を確認し、受け入れる儀式なんだそうです。そうやって自分も回りも区切りをつけていくのかも知れませんね。

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